Hailsham

読点で終わるあなたの話が好きだった。何かを言いかけて、あとは相手に委ねようとして。分かってくれるのかくれないのか、そのものはどうでもよくて、ただその時に考えていたことをふと言いかけたまま、その後に続く言葉は永久に用意されていなくて、だから僕はいつもそれを補完して、納得することにしていた。
「ペットショップってさ」 そうだね、素敵な子猫が沢山居るけれど、例えば売れ残ってしまった子はどうなるのかな?
マリアナ海溝みたいにさ」 深く溝のあることを例えているんだよね。確かにそれなりに僕たちは信頼関係を築いてきたけれど、本来的な理解、つまりあなたが何を良しとし何を悪しとするのかとか、枝葉末節の点が全て一致するかと言えばそうではなくて、性差とか生まれ育った環境によって生じた、どこまでも深い溝がきっとあるのだと思う。
ジョン・コルトレーンがね」 僕はよくその人を知らないけれど、君はきっと尊敬しているから、彼の名前を出したのだと思う。だとすれば、それは間違いのないことだと思う。ジョン・コルトレーンが考えることに何一つ間違っている点はない。いつも正義は彼の傍にある。
そんな補完をいつもしていたから、その日君が言ったことに、僕は大きくは動じなかった。そんな時もあるのだろう、でも、基本的に人間の精神は物質に支配されている。医療関係の仕事をしている友人に聞いたところによると、精神作用というのは、大半が脳内の物質の供給の多寡によって表面化するのであり、そうした物質の作用を正しく理解した人間により、正しい薬が処方されていれば、なんら思い悩むことは無いらしい。原因が物質的であるならば、対処も物質的に行うことができる。だから、根本的な対処というのは、計算できる範囲のことで、あなたが正しい相談先と、正しい対処をしていれば、何も問題がない。僕は多分、概ねそのようなことを伝えたのだと思う。そのようなことを言ったのは、きっと僕が他に答えようがなかったからだ。もう少し、きちんと話せたのであれば、いつもの読点で終わる会話のままだった。あるいは、その問題が何から生じているかについて真正面から答えて、その責任の一端を僕が引き受けることになったとしても、僕は決して後悔することはなかったと思う。今になってあなたの言ったことを思い出すと、その時の一言は、世界の終わりみたいなものを含んだ雰囲気があったかもしれない。その時の僕も、それを感じていたとは思うけれど、誰か人を慰めるなんて、なんだか舞台の主人公じみていて、自分には負いきれない、そんな風に他人と関係を築くことなど無いという考えに浸っていたから、その時必要だった言葉が永遠に失われてしまったのだと思う。
「もしここから飛び降りたらさ」