凍てつく波動

寒いですね。寒すぎて寝れません。こんな夜にはホットミルクが飲みたいなと思うのですがうちにはレンジがありません。懐も寒いのです。鍋で温めりゃいいじゃんと思われそうですが、うちには寸胴鍋(10L)しかないのです。ミルクを温めたら洗うの面倒臭くなって三日でカビが生えるのが目に見えております。冗談みたいに偏った品揃えですね。鍋でお湯を温めてカップ麺を作るたびに俺はなぜこんな大仰な作り方をしているのだろうという気になります。道具のおかげで無駄に料理感があります。カレーとか作りたいなとも思うのですが炊飯器がありません。なんということでしょう。
という以上の前提を踏まえて考えたいのが、「炊飯器と電子レンジのどちらを先に購入すべきか?」であります。どちらか片一方のない家を想像してみてください。例えば炊飯器だったら、まずもってコメを炊くことができません。自然と外食やコンビニ弁当が増えていきます。毎日の食事の栄養バランスはガタガタになり、肌も荒れ放題、おまけに太り始めます。なんとも悲しいです。一方で電子レンジがなかったら、「なにかを温める」という一切の行為が奪われることになります。たとえ炊飯器で炊いたコメがあっても、仕事を終えて家に帰るころには冷え冷えとして、社会に収監された囚人に相応しい冷や飯と化しているはずです。温かい料理を求め、自然と外食やコンビニ弁当が増えていきます。毎日の食事の栄養バランスはガタガタになり、肌も荒れ放題、おまけに太り始めます。なんとも悲しいです。
なにより悲しいのは、こんな夜にホットミルクが飲めないことです。世の中のあらゆる艱難辛苦、愁苦辛勤、孤苦零丁から救いを求めた者が最後にたどり着く命の根源、ホットミルクが飲めないことです。ホットミルクさえ飲めばあらゆることは解決されます。昔「牛乳に相談だ!」というCMが流行っていました。学生時代の旧友も給食の折に触れて「相談だ!」と賑やかしていたものですが、俺は「祈りなさい」と静かに思っていました。牛乳に祈りなさい。さらば救われん。閑話休題
やはり電子レンジかなと思います。副次的に外食のレパートリーも増えますし。ファミマの冷凍食品が食べられれば幸せの定義がかなり拡張されていく気がします。(最近になって、「幸せのパーティション」と呼ぶこともある)三月のライオンという漫画が好きでたまに読みますが、主人公に寄り添う親身な教師が「落ち込んでる時に冷たいモノ喰ってるヤツがあるかっ、命取りになるぞ!?」っていうことを言ってて、これマジそうなんですよね。別に深い意味もなんもなくて、落ち込んだらあったかいもの食べるべきなんです。すっかり寒くなりましたね。温かいもの食べてますか?そんな風にちょっと聞いてみようとか。でも、そんな伝え方で分かってくれる人なんて、あまりいないですよね。そんな中でも浮かんでくる顔があったりして、まあ自分も捨てたもんじゃないなって思ってみたりして、冬を乗り越えてみたら楽しいんじゃないかなあって。
それでは聴いてください。「君のレンジになりたい」

~♪(トライアングルソロ)