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文章を書いて褒められることってなくなったな

小学三年生の夏休みの終わり、僕はジャックと豆の木の読書感想文を泣きながら書いていた。子供というのは主客未分の存在だから、読書に対して感想を求めるのはけっこう酷なのではないかと思う。その物語の主人公として物語を楽しんでいたのに、どうしてそこから無理やり自分を引き剥がして、日常の体験に生かせるような感想を捻り出して美辞麗句でまとめなければならないのか、当時の僕には理解できなかった。それでも苦心して書き上げた原稿用紙5枚分の感想文はめでたく銀賞に選ばれ、締めのセンテンスにはがっつり担任の修正が入り、僕は夏休み明けの朝礼で全校生徒の前に立ち他人の感想を音読したのだった。
そんな子供だったけれど、高校時代には図書委員を務めて本を紹介する新聞を作っていたのだから、持ち前の無軌道っぷりは昔かららしい。いつの間にか本を読んだり物を書いたりすることが楽しくなっていた。どこかにきっかけがあるはずなのだが、残念ながら覚えていない。しかしまあ、その頃書いていた文章も今見直すとなかなかのものである。悪い意味で。ある表現をひとたび覚えると、玩具を手に入れた子供のようにぶん回して、過剰に修飾してみたり、無駄な倒置をいれてみたりとやりたい放題だった。先生にはウケが良かったが、それがむしろ今となっては恥ずかしい。
物を書くことで多かれ少なかれ褒められたことは、僕の人生にとってけっこう大きいような気がする。口下手でも、文章ならなんとかちゃんと伝えられると考えて安心できた。ブログは敬体か常体かもあやふやにしたまま、ゆるく続けているけど、読んで面白いと言ってくれる人がたまにいたりする。
そんでまあ、大学に入ったらある程度科学的な、感想を脱した文章書かされるの面倒だなあみたいなこと書こうとしたけど眠くなったのでまた今度にします。明日はCDを出します。