海に行った話

 朝五時くらいに目が覚めて、何をするにも手持ち無沙汰だったので散歩に出かけた。海の近くに着いたのは六時過ぎだった。まだ涼しい時間帯だったが、虫もけっこう早起きらしく、林を抜ける最中に何度も顔にあたった。海までの林は防砂林として植林されたものだ。海風で飛んできた砂で地面は少し歩きづらい。足元を見ると、ミミズが死んでいるのを多く見かけた。夜中冷えた砂の上を、湿った土と勘違いして林から抜け出て這ってきたために、朝方に日が昇って砂が乾くと、ミミズはその場で身動きが取れなくなってしまうのだろう。可哀想に。み、水って言いながら死んでいく。ってやかましいわ。
 海岸へ出ると、散歩客は他にも多く居た。犬を連れたおじさん。釣りをしているおじさん。ボードを船みたいに使ってオールで波をかき分けて楽しそうにしているおじさん。おじさんばっかりじゃないか。僕もそろそろおじさんの仲間入りなのかもしれない。20過ぎて一年経って、そろそろ感性とか衰えていくはずだ。いつの間にかロキノン追っかけなくなったりね。こんな新しいバンドいるのかー、みたいに若者音楽聴かなくなっていったりね。いや、最近クリープハイプの新譜買っちゃったし大丈夫だきっと。上の方でおっさんみたいなダジャレ言ってるけどさ。
 カーゴパンツの裾を捲って膝まで海に浸かった。霧なのか雲なのかわからないが水平線はモヤモヤと曇っていて、佐渡は見えなかった。あたりは音を嫌ったような静けさだった。たまに近くの道路を車が通り過ぎて行くのが聞こえてくる。それ以外は波の音だけだ。と思っていたら、何やら後ろからハアハアと息遣いが聞こえてくる。あなや変態かと思い振り返ると、可愛らしい犬がこちらに寄ってきた。ピンシャーだ。波から逃げるように歩いている。頭を撫でてやると、怯えもせずに尻尾を振っていた。犬の方も、ああこいつみたいなのが海に入っているのだから俺も入って大丈夫だろうと思ったのか、海に入って水浴びを始めた。遠くのほうで飼い主らしいおじさんが、あー濡れちゃってもうと小声でぼやいたのが聞こえて、それが可笑しくて少しだけ笑った。
 煙草を何本か吸ってから、貝殻を数枚拾って帰った。耳に当ててみても、なんの音もしなかった。