散歩

すっかり春になって、なにか置き去りにしたような気になります。3日間位布団の中でぐるぐるしていましたが、やっと外に出る気になって、冬眠から目覚めたクマみたいにのそのそ歩いてみました。ビール缶を片手に持った男が何事か呟きながらこちらに歩いてきました。怖いなあと思ったらハンズフリーで会話中でした。あれどうにかならないですかね。まだスマホ手に持っている人ならいいですけど、見えない人と会話してる人はなかなか迫力があります。
適当に出会った道沿いに歩いていくと、ゴミ捨て場には色々なものが置き去りになっているのが分かりました。引っ越しのシーズンですから、椅子や机、棚や本などがどさどさ捨てられていました。人が居なくなったことがこんなに分かりやすいものもないな、と思いました。中でも、小さめの学習机が捨てられているのを見たときは、色々と想像できました。たぶん、大学入学と同時に家を出るから、部屋を空けるのに捨てたのでしょう。
エモいですね。
それから、桜を探して歩き回りました。今日することはたったそれだけでした。桜の写真を撮らないとだめだったので、ただ歩きました。足の悪いおじいさんとすれ違いました。サークル帰りの学生と会いました。一度食べに来たいなという店に出会いました。細かい路地に意外な道を発見しました。高架下にはフットサルコート代わりになる公園がありました。ランニングコースを反復する女の子と三回すれ違いました。煙草をくわえて歩くサラリーマンがいました。意地悪のように狭い道を抜けて緑地公園を目指しました。岡本太郎美術館を遠くに眺めました。バスを待っている親子がいました。どうにか桜が咲いていて、写真を取ることができました。帰り道にコーヒーを飲みました。隣の席の女の子は机に突っ伏して、ずっとスマホを見つめていました。なぜか同じ灰皿を使う羽目になりました。そんなのはもう嫌なので、帰りに新しい電子タバコを買いました。
今日見たことを映像とするには、物凄く時間がかかると思いました。抽象的に書こうとするなら、以上のような内容になるのですが、もっと書きたいことがきっとあったはずです。例えば足の悪いおじいさんは、杖をついていました。魔法使いみたいな面白いデザインでした。サークル帰りの学生は、テニスラケットを背負っていて、みんな髪の毛が茶色でした。全国共通のテニサーのチャラさみたいなものが見えていました。一度来たいなと思ったお店は、小洒落た家具で雰囲気作りをしていて、雑貨屋さんのようでした。我々はしばしば本屋で酒を飲みたいとか駄菓子屋で酒を飲みたいとか坊主に説教されながら酒をのみたいとかの欲求を持ちますが、雑貨屋で酒を飲みたいという欲求もまたありなんと思いました。一度も曲がったことのない細い路地の先には高架下に続く階段があり、そこが迂回路になって上の道路の歩道に繋がっていました。高架下のフットサルコートでは男の子たちがボールを蹴っていて、ちょうどフェンスの一角をゴールネット代わりにしているので、そこだけボコボコに凹んでいました。そしてこれが一番言いたかったのですが、ランニングをしていた女の子のお尻がすごく大きくて、大きいなあと思いました。以下は割愛します。
見たままをすっと言葉にするのはできるのですが、逐一書くと誰にとって役に立つことなのか分からなくなります。捨象が重要なのです。ただ、どうしても捨てきれない具体的な情報というのが、環世界にはあります。それが大きいお尻ということですね。